1970年代の猛威
大塚駅近くの巣鴨高校 1971年10月30日
高校2年生の男子生徒がマラソンの練習中に脳貧血を起こしました。その2週間後、その間は特に異常はなかったのですが、月末のマラソン大会に出場できるかどうか、念のために医師の診察を受けました。
しかし、診察を受けてみると、痛くて硬度の増している肝臓が、肋骨弓の下に4センチも顔を出し、さらに、右手と右足に知覚障害があり、右大腿の裏側には、圧痛のある太い坐骨神経幹が確認されました。幸いなことに脳波には、異常は認められませんでした。
1ヶ月後の再診では、肝臓は縮小し、手足の知覚障害は少し残っていたものの、坐骨神経の圧痛はなくなっていました。
この男子生徒は、体育の授業で、マラソンの練習中、胸が痛くなり、目の前がかすみ、暑いのに汗が出ず、無理して走っていたら、目の前が紫色になり、何がなんだかわからなくなって気を失ったと、手記の中で述べています。
また、その日の帰宅中、胸の痛みと激しい咳があり、他にも気分が悪くなった友人が2人いた、と述べています。
国立市の体育短大および高校 1971年7月30日
19歳の女子短大生と、16歳の女子高校生が、運動を行なった後に眼と喉の刺激性の症状を訴え、手足のしびれ、痙攣、呼吸障害、意識障害などの症状を併発して入院しました。
入院後の検査では、呼吸促進、意識混濁、ふるえ、助産婦肢位、共同運動障害があり、また手足の末端に手袋状・靴下状の末梢性知覚神経障害の症候が認められました。
この知覚障害は、入院後数日間続き、血液の酸素・炭酸ガス分圧はともに低下、呼吸性アルカロージスの状態にありました。脳波にも、異常が認められました。
2人ともアレルギー体質で、19歳の女子短大生は、帰省後も発作を反復したことがあるそうです。
杉並区の都立桜水商業高校 1970年8月8日
11時頃、合宿中の水泳部員の中から、泳ぎ終わってすぐ気分が悪いという生徒が3名出ました。
そのうち一人は、プールサイドで休んでいるうちに、手足のしびれと硬直の症状が現われましたが、幸い13時ころから症状が軽くなりました。
もう一人は、手足のしびれと胃痙攣の症状が現われ、加えて呼吸困難を併発し始めましたが、しばらくするとおさまりました。しかし、夕方になっても、回復がはかばかしくなく、21時ころ救急車で病院に運ばれ、入院しました。入院時は、上肢のしびれ、全身の硬直、全身の脱力感などの症状がありました。
3人目の生徒は、プールサイドで休んでいると、上肢の硬直が始まり、下肢にもしびれと硬直が現われました。その後、症状は少し軽くなりましたが、回復が遅く、21時頃、口の渇き、上肢のしびれと脱力感、全身の硬直などの症状が現われ入院。その後間もなく全身けいれんの発作を起こしています。
また、夕方6時頃から、新たに3名の生徒に症状が現われました。
一人は泳ぎ終わった後、顔面が硬直し、手足がしびれ、意識が朦朧とし、一旦は症状が軽くなりましたが、間もなく手足が硬直、意識がなくなり入院。口渇、握力低下、断続的な呼吸困難を起こしています。
もう一人は、手足のしびれと硬直、呼吸困難を訴え、しばらくすると治まりましたが、19時ころに再び手足の硬直がはじまり入院しました。
3人目の生徒も、気分が悪く、だるさと脱力感があったのですが、倒れた生徒を部屋に運んだあと、熱感と手足の痺れを訴えて倒れました。10分ほどでその症状は次第に軽くなったようです。
杉並区の東京立正高校 1970年7月18日
この、立正高校の被害については、それが疑う余地もなく大気汚染によるものであるととれる当時の校長の詳しい記載があります。また、それを否定するかのような厚生省や専門家の見解に対しても反論を展開しています。
その記載によりますと、被害の要旨は以下のようになります。
その日は休暇に入る前日で、午前中の学校行事が終わり、11時過ぎから半数の生徒が下校を始め、そのあと各種のクラブが練習を始めていました。また教員は、会議を12時15分に終わって、昼食をとりに行こうとしていました。
朝からスモッグがかかり、特に10時頃からひどくなり、300メートル先の山や森もぼけて見え、構内の短大の塔までもかすんで見えていました。そのため、学校案内を作成するための写真撮影を延期せざるをえなかったほどでした。また、風は微風で、蒸し暑い、うっとうしい日でした。また、屋内にいた人には、曇りだと思っていたくらいで、屋外ではスモッグのかなたに太陽が映り、地面には影も映らない位でした。
教員たちは昼食を済ませ、皆一様に目が痛い、変だ、睡眠不足かな、などと話しながら、昼食を摂った秘書課の事務室から校舎の出口に向かいました。
12時頃、ソフトボール部が練習を始めました。程なくして部員の中の4名が咳をしはじめだんだんひどくなるので、ベンチで休んでいたところ、2人が「胸がつかえる、息が入らない」と言い出し、保健室に向かいました。その間も涙が止まらず、咳き込みがひどく、呼吸困難に陥りました。運動場でも次第に全員が同じような症状を訴え、保健室に駆け込んできました。
重症者は気を失ったように、何の返答もできない。校医が駆けつけてくれたが、すでに重症者は四肢硬直が起こり、止まらない涙と咳で顔面は異様な様子となり、呼吸筋の痙攣のために、3~4秒おきに上半身がベッドから跳ね上がる。校医の初期所見では、何かのガス中毒らしい、ということでした。
他のクラブからも、次から次へと被害を受けた生徒たちが異常を訴え、総員43名の教員、生徒たちを全員病院に送ることを、校長は決断しました。